今年もお花見は、河津桜から

今日は朝から風が・・・・。
どうやら春一番が吹くらしい。
埃っぽい春風が好きでない私、
外を見ながらちょっぴりとブルーな気分に。

ちらほらと桜の便りも届きはじめ、
今年も松田山の河津桜が気になっていました。

好天の15日水曜日
今日は絶対にフォトDay、とばかりに
さア~今日こそ行こう!と
ロマンスカーに飛び乗った。

空は真っ青、雲一つなくどこまでも澄みわたっている。
駅を降りると、真ん前に大きな大きな富士山がドッカン!と。

桜は…・・・・、色がちょっとくすんでいるかにみえるが。
今年は二週間も早く満開を迎えていたという。
ぐずぐずしている間に、旬な見ごろを終えてしまっていたのか。

それでも絶好のロケーションの元、今年も河津桜を楽しんできました。

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久方ぶりの山歩き

このところ体の調子がとってもいい。
無償に山歩きがしたくて仕方がない。

行きたい思いが我慢ならず
好天の中、思いきって山歩きに出かけた。

たまたま、山旅というツアーを見つけ、
思い切って申し込んでいたのです。
今回は7~8年ぶりの山歩きなので、
初心に戻って、、登山入門から参加した。。

丹沢の東の山、丹沢白山
以前行ったことのある山であったが、コースは全然違っていた。
ベテランのインストラクターが、ゆっくりと歩いてくださった。

スタートは飯山観音(長谷寺・・ちょうこくじ)から。

大きなまきの木を見ながら飯山観音様に詣で、
山歩きの安全を祈願した。

男坂の長い長い階段、いい加減にもういい!と
心に叫びながらの長い階段を抜け、やっと出た尾根歩き
木の根っこが至る所に張り巡らされて、足元が不安、
うえ、アップダウンの連続、
そして急との階段やら、変化があって楽しい尾根歩きだが
気が休むことがない。
なんせ、10年ぶりの山歩きであるから・・・・。
くじけそうな気になりながら、なんでまたこんな苦しみをしなければ・・・
とかいろいろな思いが交差する。
それでもだんだんと、体が思い出してきてくれ、
歩くことが楽になってきた。
たくさんの峠を越えて、小さな山を三つ登り
物見峠という広い峠で昼食、
遠くに見える相模湾がキラキラと輝いていた。

そして、下山途中での眺めの丘、
素晴らしい光景に、疲れも飛んでいくようでした。

無事ゴールに到着し、これで少しはまた山歩きの
自信がついた思いです。

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気になる昔の流行歌

建国記念日の朝、
真っ白に雪をかぶった富士山が、
すっきりとした姿で顔を出していました。
ちらほらと、花の便りも聞こえ始め、
河津さくらが今満開と報道されていた。

毎年でかける新松田の河津さくら
今日のような日は素晴らしい景色の写真を写せたかな・・・と
用事のあった私は、心残る思いでした。

さて、普段の生活には音楽が欠かせない私
気が付くといつでも音楽とともに生活をしている。

好きな音楽を聴くと、脳が活発化したり楽しくなるのは
脳から快楽物質であるドーパミンが流れるからと、
何かの本で読んだことがある。

音楽がどの社会や文化でも好まれている所以ですね。

好きな音楽を聴けると思っただけでも、ドーパミンは出てくるようです。

さて、音楽ならば演歌以外何でも好きな私、思うと
昔の流行歌には、
美しくきれいな詞の曲がたくさんあったような気がします。

私の大好きな曲の一つに
今でも色々な人がカバーして歌い引き継がれている
異邦人という曲があります。

♪~子供たちが、空に向かい、両手を広げ~♪

と、これは冒頭の歌詞の一部ですが、作詞した人は、
車窓から見た情景や、
何気ない日常の断片をつないで作った歌詞だそうです。

夕暮れ時に子供たちが
ドラム缶や土管の置かれた空き地で追いかけっこしたり、
ドラえもんの、のび太やジャオアントが
缶蹴り遊びをしたりしてた光景、
そんな光景をみて、ノートに書き留めて
何度も書き直して出来上がったそうです。

エキゾティックで、ミステリアスな不思議な曲調で、
なぜか、心惹かれる曲です。
いつも自然に口づさむ大好きな曲です。

そしてもう一つ、心に残る曲があります。

たしか、西島三重子さんが歌っていた
”池上線”という曲、
池上線といえば、今も走っている、
五反田から蒲田間を走る小さな車両の
都心のローカル線とでも言いましょうか、
のどかに走っている線です。

池上線の古びた、隙間風が入るような車内で
二人が気まずく沈黙する一番、
駅を降りて家まで送られる途中、
恋人に思わず抱きしめられる二番、
もの悲し気なメロディーに、別れの具体的な情景が、
何とも切なくて、今でも口ずさむと、胸にきゅんと来る歌です。

たかが流行歌、されど流行歌でしょうが、
歌の中で自身の境遇とのオーバーラップすることがあったり
感情も動かされたり
そういう意味の、やはり名曲なのではないでしょうか。

私が今、唯一声を出して、気兼ねなく歌える場所、
それは、カラオケではなく
自分の車の中です。
今日も車を走らせながら、一人大きな口を開けてうたいました。

ドーパミンは続々出ていたかな・・・・・。

庭では、白いクリスマスローズがちらほら咲く中
赤い蕾を見つけました。
少しづつクリスマスローズの季節に入っています。
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立春に

今日は立春、
本来では、身も凍るような寒さの中で、春を迎え、
♪~春は名のみの~♪と、歌ったものですが
今年はなんと,
素晴らしい春真っ盛りのような陽気で迎えた立春です。

中国では寒さが極まり底をつけば
それからは暖かくなっていくという考えがあり,
一陽来復という言葉がありますね。

そして、昨夜の節分では、
夫が小さな声で、”お庭外、福は内”と、一応、豆まきをしました。

毎年、神社へ行っていただいている一陽来復のお守りを

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昨夜、いいえ夜の12時ですので今朝、立春の朝いちばんで、
ことしの恵方の壁に貼りつけました。

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春の語源には、
万物が発る(はる)、草木が張る、田畑を墾る、気候が晴る…
いろいろ諸説があって、
どれも、これからなにかが始まるような希望に満ちた春の
イメージをよく表した言葉です。
実際、太陽の光は冬至から少しづつ長くなっていて、
生物たちは、暖められている大地の変化を感じ取り、
着々と春への準備を進めているかに見えます。

我が家の庭でも、
小さな小さな春が、少しずつ芽生え始めています。

姫立金花(ひめりゅうきんか)の花が一輪咲きだしました。

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スノードロップも,たった一輪だけど

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アルメリアは毅然として、此れもたった一輪咲いています

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ムスカリが、・・・
ともすれと、あちこちから咲きだして庭を占領しがちな花なんですが。

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先日見つけたクリスマスローズ
あれからまた、新たに咲いているかと探すと、
咲いている、咲いている。

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前と同じ種類のクリローです。
この種類は早咲きなのかも。

隣にも同じ種類のが咲いているが、中の花の飾りが違います。
クリローは、花弁のようなものは顎で、
真ん中の小さな塊が花なのですね。
クリローでとっても気になるのが、
この花の形と、周りを囲んでいる姿なのです。
種々様々で、これがとっても興味を引きます。

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さて美しいピンク色で楽しませてくれた薔薇、ピンクアイスバーグ、
いつの間にか真っ白な普通のアイスバーグとなっています。
このまま白くなってしまうのか・・・。
これから注意してみていきたいです。

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これからいろいろな花が咲きだす庭、
二月は如月という美しい名がついていますね。
草や木の芽が張り出すという意味の”木草張月”(きくさはりづき)
が変化したものなどともいわれます。

華やかな花に囲まれる春が待ち遠しいです。
願わくは花を夢見て春待たむ・・・・・

立春に思いを馳せてこんな願いを託しました。



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マリー・アントワネットそして、ゴッホとゴーギャン展

昨年秋から、マリーアントワネット展が、開催されています。
昨年11月に出かけてきました。

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フランス史上最も神話的な人物の一人
最大の権力の座にありながら
最も不名誉な最期を遂げた彼女、
彼女の波乱の生涯を、肌で感じたく、見に行きました。

ともすれば浪費癖や放言の数々について語られていますが
華やかな展示作品は、後半に行くに従い一転。
革命で王宮を追われた後は悲劇に彩られたマリー・アントワネットでした。

処刑の日、脱げたとされる王妃の靴、
汚れて、しわの寄った小さな靴、

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そして、幽閉中に身に着けていた肌着・・・。

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じっと見つめていると、
翻弄され続けた運命がここに凝縮されているような・・・

”不幸になって初めて、人は自分が何者であるのかを知るのです”
処刑前に残した言葉が書かれていました。

断頭台に連行される姿を描いた絵画には威厳すら漂い、
王妃のイメージを払拭し、悲劇のヒロインとして、心に残りました。

マリー・アントワネット、
波瀾万丈という言葉でも表現しきれない彼女の生涯には
今でも魅了されます。
同じ女性としても彼女の生き方
子煩悩でもあったし日本文化を愛していたことなど
もっともっと、深く知りたくなってしまいました。

もう一つ作品展
こちらも昨年、東京都美術館で開催された
ゴッホとゴーギャン展

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身近な人物や風景を鮮烈な色彩と強い筆力で描くゴッホ
装飾的な筆触で想像の世界をまで表現しているゴーギャン。

牧師の家に育ったゴッホ、
南米ペルーで、幼年期を過ごしたゴーギャン

生い立ちも画風も大きく違う二人が
フランスのアルルで共同生活を始める、が、
二人の意見の相違のぶつかり合いで、
わずか二カ月で決裂を迎えてしまうのです。

そのあと、です、有名なゴッホの耳切り事件が起きたのは。

それでも、その後の二人の交友は続き、
お互いに刺激しあいながら、相手に抱いた敬愛を
作品で表現していました。

ゴッホの描いた”ゴーギャンの椅子”

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共同生活の時、ゴーギャンが実際に使っていた椅子
本人の姿はなくても存在感が伝わってくる一種の肖像画だそうです


一方ゴーギャンも晩年を過ごしたタヒチで、
ゴッホの好きだったヒマワリを入れて
”肘掛け椅子のひまわり”を描いています。

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ゴーギャンも友人ゴッホを大切にしていたことがよくわかりました。
ただ残念なことにこの絵はゴッホの死の11年後に描かれたのでした。

ゴッホは35歳という若さで、自ら命を絶ちました。

ゴッホの最後の作品であるこの絵
死を予告していたかのような、あまりに強いタッチで描かれて
不吉な予感を感じたと後から言われていたのだそうです。

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今回の作品展は二人の名前を冠して、
あまりに知られている二人の関係性に焦点を当てた作品展でした。

美術館を後にしながら
何か重い感動のような、悲しみのような
そんな思いに襲われました。





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クリスマスローズが咲いてきた!

今日も穏やかな晴天が広がりました。

窓を全部開放して、久しぶりに家の中の掃除です。

頬を渡る風が気持ちよく、
時たま漂ってくる和水仙の香り、
香りにに誘われるままに庭に下り立ちました。


春光をあびて、水仙たちも気持ちよさそうです。

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なんと、なんと、クリスマスローズが、二輪も咲いていました。

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今まで、蕾さえ全然気づかずにいて
”うっかりしていてごめんなさい”・・・と思わず語りかけていた私です。

今年の一番咲きは、ほんの平凡な種類のクリスマスローズでした。

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毎年気が付くと
足元にそっと咲くクリスマスローズに驚かされて
今年も例外ではなくて
うれしい感動を味わいました。

周りをよく見ると、葉隠れしている蕾もちらほらみえてます。

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我が家のクリスマスローズの季節の始まりです。

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今頃の雑木林が好き!

厳しい寒さが続いています。
皆様、お風邪などひいていませんか?

雪の多い今年、雪国の方々のご苦労をお察しします。

こちらは今日もまたまぶしいほどの日差しに
このようなところに住んでいられることに感謝です。

日曜日、春光につられ、
いつもの径をぷらっと、歩きにでかけてみました。

今頃の雑木林を歩くのが大好きです。
枯れ木のように見える幹や枝にも、よ~く見ると
新芽が用意されていたり、
裸木の間から除く青空は、手を伸ばせば届きそうに近く感じたり・・・。

時たま奏でる鳥の声を聴きながら、
静かな雑木林を、独り占めして楽しみました。

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大西洋を渡ったヨーロッパの名画、デトロイト美術館展

今朝はアメリカ大統領の就任式の様子を
テレビでかじりついてみていました。

アメリカファーストを強く唱えているトランプ氏ですが、
自国のファーストはどの国も同じことだと思います。

選挙期間中から、色々物議を醸しだしているトランプ氏ですが、
今までの大統領との異質さに
アメリカはこれからどのようになっていくのか不安です。

昨日から雪、雪と、結構騒いでいた予報でしたが、
朝起きたらぎらぎらとした太陽が・・・。
雪でなくてほっとしました。

さて、昨年秋から、美術館の作品展をよく見に行っている私ですが、
今上野で開かれている、デトロイト美術館展、
今日が最後の日、
先週の木曜日に、ぎりぎりで見に行ってきました。

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デトロイトといえば何か懐かしい。
娘の留学地であるオルバニーへ行く際の
国内線乗り換え地であったので
待時間の間、夫と二人で、街を歩いたり、
カフェに入ったりした思い出があります。

そのなつかしいデトロイトからやってきた美術館展
50点ちょっとの少ない作品数でしたが、
並ぶ画家たちの名前を見ただけで心がときめきました。
フランス近代絵画からは
モネ、ルノワール、セザンヌ、ドガ、ゴッホ、ゴーギャンと
印象派の巨匠たちが勢ぞろい。
さらに20世紀初めの
マティス、ピカソ、モジリアーニなどがならび、
またかつての館長が、ドイツ人だったこともあり
同時代のドイツ絵画、カンディンスキー、や、キルヒナーまでも。
昨年ドイツへ滞在した時に
訪れたレーン・バッハ美術館でいずれも見たカンディンスキーなど
再びここ東京でみられ、懐かしさもよみがえってきました。

とりわけピカソの作品が6点出品されており
初めて館外を出たという、”読書する女性”は
味わい深い作品でした。

展示されている名画が写真撮影できるという
欧米の美術館では当たり前の光景が、
この作品展でも実現されると聞いていたのでしたが
会期中の月、火に限ってのみであったため、写せませんでした。

いずれもこの作品展は、画家たちの創作意欲の満ちた時の
いわば”旬”の作品ばかりで、
豊潤な美の世界を、じっくりと見ることができました。

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お年玉・・・昔はお金ではなかった

小寒の今日、穏やかな天気の下で過ごしたお正月でしたが
一転、夕べから厳しい寒さがもどってきました。
これからいよいよ寒さ厳しくなる小寒です。

庭に、和すいせんやラッパ水仙が
真冬日の日差しを受けて咲いています。

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さて、今年もたくさんのお年玉をいただき、
喜んでいるお子様方も多くいらっしゃることでしょう。

お年玉の意味は、もともと年の賜物(たまもの)という意味だそうです。

神様にお供えしたお餅などを、
お下がりとして分け与えたのが始まりだといいます。

やがて、目上の者から目下の者へ、
お餅や、お供え物以外の品物も渡されるようになり、
いつのころからか、お金に変わってしまったようです。

昨日、我が家のお正月最後の来客、
息子の家族が、新年のあいさつにやって来ました。
可愛い孫に会える喜びに、
前日から、当日迎える直前まで、お料理の準備におおわらわして、
ファミリーを出迎えました。

一か月会わない間に、また成長していた二人の孫に
心を込めてのお年玉を、手渡しました。
ほんのちょっぴりの金額ですが
”ママに好きなご本でも買ってもらいなさいね”と、言って。

”この年初めて授かった大切な贈り物”という気持ちを
孫たちに伝えていきたいから。

可愛い孫たちに遊んでもらった?爺婆は、
たくさんの活力をもらいつつも、疲れました。

今朝、昨日のことを思い出しては、
かわいいね、いい子たちに育っているね・・・・
を繰り返す、孫バカの私たちでした。

これで、私の今年のお正月は終わりました。
きょうから、またいつもの生活の始まりです。
今年も元気にフィットネス・ジムへ通い、いい汗かいて、
カメラと共に、もっともっと旅にも出かけたい・・・・・。

考えるだけで胸が躍ります。

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2017年の幕開けです

       

              皆様、あけましておめでとうございます.。

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2017年、新春にふさわしい穏やかなお正月です

暮からわずか数時間で目覚めれば、
開けて新春に切り替わっていました。

年あらたまる朝の、昨日と違う淑気は、今も昔も変わりませ。
見慣れた景色もどこか、きりりと引き締まり、
いつもと違って見えるから不思議です。


初日の出を拝もうと、家の近くの日の出スポットへでかけました。

知る人ぞ知る場所、日の出近くになると、どこからともな人が集まって、
私の秘密の場所は朝早くからにぎやかとなりました。

2017年の神々しい日の出をカメラに収めました。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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