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欠けゆく月の名

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台風はすっかり影を潜め、
今朝はまた真夏のような太陽が照り付けている。
道端でコスモスが風に揺れていました。
暑いけれど
どことなくさわやかな空気の中に秋を感じています。



今年の十五夜はいつだろう、と、何気なく思い、
調べてみましたら、9月30日のようです。

旧暦の8月15日を中秋の名月と呼んで、
昔から人々に親しまれているのはご存知の通り。
毎月満月は訪れるのに
なぜか中秋の名月は特別扱いのようですね。

古の人々は、名月の名残を惜しむように、次の日も
その次の日も月を眺めました。
十五夜の次の日はためらうように出てくる十六夜です。
その次の十七夜が立待月、これは立って待っているうちに出てくるから。
十八の月は居待月、こうなると座って待ちます。
十九日は寝待月、モウ遅いので寝ながら待ちます。
そして二十日は更待月。夜も更けて出てくるからです。・・・・美人の日本語から

満月に至るまでは異称がほとんどないのに
欠けゆく月にはこんな素敵な名前がつけられているのですね。
欠けゆく月に対する人々の思いは特別のようです。

人生においても
人は衰えてゆく寂しさを味わわないわけにはいきません。
欠けてゆく月にその思いを投影させながら、
そのとき、そのとき
それなりのよさがあるのだということを伝えたかったのではないでしょうか。

さあ、今夜の月は、満ちてゆく月?それとも欠けゆく月?
空を仰いで見てみましょう。

余談ですが、先日ちょっとした小さなショックを受けました。

電車の中で席を譲られたのです。

まだまだ自分ではこんなことはないと、自負していたのに・・・。
このような年になったのか、はたまたよほど座りたげな風をしたのかしら?
”おかけになりますか?"と若い、若い女性。
私は"、いいえ、大丈夫ですよ、ありがとうございます”と
丁重にお断りしたのですが、
譲るかたも、多分勇気を持って言ってくださったのかと、
お言葉に甘えて座らせていただいたのです。

席を譲られたのに、なぜか気恥ずかしくて、
顔も上げられずにいた私でした。

悲しいけれど、年令はやはり隠せませんね。

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